2013/08/13

考える練習

すこしだけ暑さが和らぐ。
今日も猫は階下へ避難。

暑いのか暑くないのか、
二匹仲良く籠の中でギュウギュウ。
太り気味のトビにのっかられている
やせ気味のミツが不憫で、
もうひとつ籠が必要かもしれないと思う。
以前タケシくんが猫用に買ってきた二つ目の籠は
猫には気に入られずもの入れになってしまっている。
猫の気持ちには私の方がいつも少しだけ近いのだ。
(と、私は思っている)

放っておくとトビはプラスチック製の洗濯かごに入ってしまい
洗濯かごと、場合によっては洗濯物までもが毛だらけになるのに閉口して
ずいぶん前にルームスで一つ目の籐の籠を買った。
その頃に比べてトビがなんとなく大きくなったような。
気のせい…じゃないな。ぴっちりだけど二匹で入ってたもの。
そして今でもトビは隙を見て洗濯かごに入ろうとする。
ミツは洗濯かごを横に倒してその中に入るのがお気に入り。
猫にもそれぞれ趣向があっておもしろい。

ずっと一緒にいると少しずつ似てくるところもあるようだ。
ちなみにトビミツは、たぶん姉弟。
まだ二ヶ月くらいの子猫の時、
雨の夜に友人の家に一緒に保護されたのを
一匹だけもらうつもりで見に行って、
仲の良い二匹を引き離すのが忍びなくなり
まとめて引き取ったのだ。
二匹一緒でよかったなぁ。
暑そうだけど。

考えたこと、まとめ。

例えば、さほど親しくない人に話しかける時、
同じことを聞きたいと思っていても
言葉の選び方や話しかける雰囲気など、
質問の仕方が少し違うだけで
相手の答え方、もしくは答えそのものまでが
反射的に変わってしまうものである。

それと同じで、問題に対する問いの立て方次第で
答えに辿り着けるかどうかが大きく左右されるような気がする。
考えても考えても答えが見つからない、という時は
視点を変えてそもそもの問題(と思っていること)の
成り立ちを分解してみるのもひとつの方法なのではないだろうか。

迷路の同じところをひたすらぐるぐると回っているのが
好きという人もいるし(いるのか?)
長い人生のどこかでそういう時期があってもいいのだろうと思う
でも同じ迷路をぐるぐると回り続けるよりも
いろんな迷路を次々とくぐりぬけて
その度にいろんな自分に出会っていくほうが楽しい。
(少なくとも私はそう思う。)

本当に本当にそこから脱出したいのなら
いろんな角度でものごとを見て、感じて、
考える練習をしてみたらいいのである。
それは想像力を養うということだ。
それには本を読むことがものすごく有効なのですよ、ここだけの話。

そして、矛盾するようだけど(でも本当は、全然矛盾しない)
考えないっていうのもいい。
とりあえずぐるぐる考えるのをやめて
とにかくなにか「いいこと」を始める。
「いいこと」っていうのは自分にぴったりの楽しいことで
しかもその上、大切な人がよろこんでくれるようなこと。
あるいはなにかをやめてみる。
結局のところ、その「いいこと」を考えつくのも
なにかをやめようと思い立つのも
自由な想像力が必要なんだなー。
慣れれば難しくない。
子どもの頃はたぶん、みんなしてたこと。

ねぇ、それであなたはいったいどうしたいのと、
ぐるぐるしている人を見つけると、
おせっかいにもついつい滔々とお説教してしまうのだが
格好悪いのでできるだけやめたい。
(私に説教は不似合いなのだ。
似合わないのに偉そうにしちゃって、うんと格好悪いのだ。
そうだ書いてしまえばすっきりするのか、と書いてみたら、
これもまたなんだか説教くさくなって、納まりが悪いのである。
思い通りに書くにも練習が必要だな。
書く練習は、楽しい。

晩ごはんは、玄米ごはん、
中華スープ(ごぼう、とうもろこし、ネギ)、
ネギ玉子炒めの甘酢あんかけ、きゅうりのキムチ和え
甘酢にはしょうがとひらたけを入れた。
今日の献立には玄米より白米がよかったなっと。