2013/10/05

心と体を整える 前編

久しぶりの更新になりました。

今回はちょっと、日記のようなものではなくて
私自身のごく個人的なお話です。
主に自分自身の為に書いてみようと思います。

昨日久しぶりに会った友人が、去年私の行ってきた、
ヴィパッサナーの瞑想合宿にすごく興味があると言っていて、
よかったよーといろいろと話をしたのだけれど、話足りなかったのです。
一度、私にとって何がどうよかったのかを
書いてまとめておきたいなと思いついたのでした。
長くなりそう!

長く、本当に個人的な、とてもデリケートなお話なので
公開するかどうかちょっと迷いました。
人によっては読んで少し、悲しい気持ちになることもあるのかな。
でも、私の中ではもう既にすっきりと消化することのできたことです。
今はこのことがあったおかげでより前向きに、
前よりも幸せが大きくなって、とても楽しく毎日を過ごせているのです。
もしかしたら、誰かの何かの役に立つこともあるかもしれない。
ご興味のある方だけ、お読みくださると光栄です。


ことの始まりは、福島のとあるカフェのご主人、
いっちゃんからこんなメールがきたのだった。
「カオリ(私ではない、いっちゃんの奥さん。名前が一緒なのだ)が
千葉の瞑想合宿に参加するので、しばらくお店はお休みです。」
これを読んだ私たちの初めの反応は、「???」。
まぁでも、もともと奇天烈なとこのある夫婦だなと思っていたので、
やっぱり面白いなー、あの二人、(すごくすてきな夫婦なのだ)
またそのうち話を聞かせてもらおう、くらいに思っていた。

そのメールのきた頃私は、一度目の妊娠をしていたのだけど、
7週目になっても、8週目になっても赤ちゃんの心拍が確認できなくて、
結局、初期の段階で成長が止まってしまっていたのだった。
稽留流産ということでした。
手術が怖かったので、自然に出てくるのを待とうということにする。
万一の時に夜間も受け入れてもらえる大きな病院に転院して、
そこでもう一度診察をしてもらって、でもやっぱり流産。
それからしばらく待ってみたのだけど、10日しても出てくる気配がない。
病院でも、おなかの中のものの形が崩れてきているから、
そろそろ手術で出すことを考えた方がいいと言われ、
待ち疲れたのもあって、手術を受けることにする。
一泊二日で、前日から処置を開始して、
二日目の朝に手術を受け、午後には退院。
処置や診察はできればもう経験したくはないけど、
我慢できないほどつらくはなかった。
手術自体は全身麻酔なので麻酔が効いてから目が覚めるまでは
一切記憶がないのだ。
体中にいろんな装置を付けられ、注射をしたり点滴を差したりしたところで、
大きくて怖そうな女性のお医者さんが目の前まで近づいてきて、
麻酔入れるからねっと言われたところまでが、手術前の記憶だ。
思っていたほどの恐怖はなかったのである。
初めての入院、手術で、本当に嫌で嫌でしょうがなかったんだけど
そうか、こんなものなのか、というのが感想。
それよりも一番堪えたのが、麻酔から覚めてしばらくした後の
なんともいえない喪失感だった。
お腹の中で成長が止まっていると聞いた時も
確かにものすごくショックではあったのだけど、
少し経つと、しょうがないよね、と思うことができた。
でも実際にお腹の中からいなくなってしまった時の、
あの感じはとても言葉にできない。
頭では理解できていても体がついていかないのだ。
私じゃなくて、私の体がとても淋しいと言っている、そんな感じ。
こればかりは、私にしかわからないのだ、と思った。
淋しくて淋しくて、病室で一人静かに泣いていた。

それからしばらく、体の回復も待ちながら、
どうすればこの気持ちをなんとかできるのだろう、とずっと考えていた。
大げさではなく、私はどうすればこの現実を受け止めることができるのだろう、
と毎日毎日考えていた。
自分の身に降りかかることは、何か意味のあることのはず。
これも前向きにとらえて、また楽しく過ごしていきたい。
頭ではそう思っているのに、どうしても気持ちが切り替えられない。
なぜ自分がこんなにつらい思いをしなきゃいけないのか、
どうしても受け入れられないのだ。
妊娠中の不安な時も、流産がわかってからも、
精神世界の本や、哲学の本、心理学の本、
目につくものならなんでも読んでみた。
どこかになにか、ヒントになることが書いてあるんじゃないか、と。
でも、どれもこれも気を紛らわしてはくれても、
その時の私の実際的な力にはならなかった(ように思えた)。

という時に、ふと、カオリちゃんの行っていた千葉の瞑想合宿、
というのが、頭に浮かんできたのだった。
カオリちゃんに、瞑想合宿どうだった?と聞きに行くと、
すばらしかったよ〜という答え。
その時のカオリちゃんのすっきりと生き生きした表情を見て、
あぁ、これだ!という感じだった。
考えても考えてもだめなのだから、とにかく何か行動を起こしたいと
思っていた私には、ぴったりのことのように思えたのだ。
10日間人と話をしないで生活する、というところもすごく気に入った。
(自分の状態が良くない時に親しくない人と話をするのがとても苦手なのだ)
そうしたらいてもたってもいられず、今すぐ行きたい!
となったのだけど、時は夏の繁忙期の直前。
さすがに夏の、たくさんお客さんの来てくれる盛りに
前後合わせて12日間もお休みしてはいられないかなと思い、
10月の終りから11月の頭にかけてのコースを予約したのだった。

これが、私のヴィパッサナーに参加しようと決めた経緯。
行くと決めた以上、10日間しっかり瞑想してみて
自分に何が起こるのか見届けよう、という気持ちで。

合宿参加を決めた後に出会った、エックハルト・トールの本は、
たくさんたくさん読んだ中で唯一、その時の心にしっくりきたものだった。
(今読んでどう思うかはわからないけれども)
エックハルト・トールが言っていることは、日常生活で常に瞑想のような状態
(思考にふりまわされない、完全に「いまに在る」状態)
で過ごせば、もっと楽に生きられるというようなもの。
真の心の平安は、思考を超えたところにあるらしい。
考えても考えても気分の晴れることのなかったその時の私には、
妙に納得できるものがあったのだ。
ただ、理論的にはとてもいいなと思ったのだけど、
なんの方法もなくそれを実践するのは難しい。
というか、ほとんど無理。
でもこうなったらやっぱり瞑想がしてみたい。
合宿に行ってみなきゃ、という気持ちが高まったのだった。

前置きがずいぶん長くなってしまった。
次回に続きます。